大判例

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最高裁判所大法廷 昭和34年(あ)126号 決定 1963年5月22日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人尾上実夫の上告趣意について。

所論は、関税法一一八条による没収、追徴は同条所定の犯罪行為者本人に対してのみこれを科すべきであって、両罰規定の適用を受ける法人に対してはこれを科すべきではないのに、原判決の是認する第一審判決が、判示関税法違反の犯罪事実につき、同条により行為者たる被告人阿部のほか、被告会社に対し追徴を言い渡したのは、違法であるというのであって、単なる法令違反の主張に過ぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

なお、関税法一一八条にいう「犯人」には、両罰規定の適用を受くべき「法人」又は「人」をも含むものと解するを相当とするから(昭和三一年第(あ)四〇四二号同三四年八月二八日第二小法廷判決、刑集一三巻一〇号二八〇六頁、昭和三二年(あ)第二一九九号同三三年五月二四日第一小法廷決定、刑集一二巻八号一六一一頁参照)、原判決の支持する第一審判決が所論関税法違反の犯罪事実につき、被告人阿部実および被告人ローヤル自動車株式会社の双方に対し判示追徴の言渡をしたのは正当である。

また、記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって、同四一四条、三八六条一項三号により主文のとおり決定する。

この決定は、被告人阿部実に対する追徴の点につき、裁判官入江俊郎、同石坂修一、同斎藤朔郎の補足意見、同河村大助、同奥野健一、同山田作之助の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官斎藤朔郎の補足意見は次のとおりである。

関税法による追徴は、犯則者の得た利益を剥奪することだけを目的としたものでなく、関税法違反の罪に関与した犯人に対する刑罰的意味をも有するものと、私は理解する。このことは、昭和二五年法律第一一七号および同二九年法律第六一号による改正の前後を問わず少しも変りはない。大審院の判例も、つとに、共犯者ある場合においては共犯者の全部に対して等しく追徴の言渡をするを至当とするとし(昭和九年(れ)第一五七三号、同一〇年四月八日判決、集一四巻六号三九一頁)、また、最高裁判所の判例も、密輸出の幇助犯に対しても(昭和二八年(あ)第四七二一号、同三二年一月三一日第一小法廷判決、集一一巻一号四〇五頁)、あるいは、密輸入の従犯、教唆犯はもとより、密輸入品たるの情を知ってその運搬、寄蔵、収受、故買または牙保をした者などに対しても(昭和二八年(あ)第三四四〇号、同三三年一月三〇日第一小法廷判決、集一二巻一号九四頁)、追徴を言い渡すことができる旨を明らかにしている。これらの見解は、すべて、関税法上の追徴が刑罰的性格を有するものであるとの理由によるものと、考えざるをえない。犯罪に対する制裁とその抑圧の手段として、犯人にどのような刑罰を科するかは、本来、立法政策の問題である。もっとも、追徴は没収に代わるべき処分である点において、没収がなされた場合には犯人は追徴を受けることはないけれども、それは法律が主刑と附加刑たる没収とを科することによって、犯罪に対する制裁、防止につき事が足りると考えたからである。(没収はその物の所有権を国家が取り上げる制度ではあるが、実際には、没収を受けた者から他の犯人への求償権の行使その他の方法によって、没収より生じた不利益を他の犯人に及ぼすことも予想しうるところである)。しかし、法律上没収しうべきに拘らず現実に没収しえない場合には、これに代わる手段として追徴を認め、そしてこの場合には、追徴をすべての犯人に科しうることとし、もって関税法違反行為の制裁とし、またその防止に資することとしたのが、現行の制度である。したがって、その者が関税法違反の犯罪に関与した犯人であり、しかもその犯罪に関与した事実につき、適法に告知、弁解、防御の機会を与えられている以上、その者に対する刑罰的制裁として追徴が科せられ、従って、その者に没収の場合以上に経済的不利益を与えることがあっても、それを目して直ちに、違法な立法であるとか、法令の解釈を誤った違法な裁判であるとかいうことはできない。

もっとも、昭和二六年(あ)第三一〇〇号、同三三年三月五日大法廷判決(集一二巻三号三八四頁)は、「没収に代わる追徴に関する事項をいかに定めるかは、追徴なる制度の本旨に適合する限り、立法によって定めうる事柄であ」るとしつつ、「共に起訴された共犯者の一人又は数人が、その物の所有者であることが明らかである場合には、必ずしも、右共犯者全員のそれぞれに対し、各独立して全額の追徴を命じなければならぬものと解すべきではなく、その物の所有者たる被告人のみに対して追徴を命ずることも、前記追徴の本旨に徴し違法ではないと解するを相当とし、」裁判所に裁量の余地を認めている。密輸入物件の所有者でない犯人に対し追徴を科するかどうかの問題は、この大法廷判決の趣旨によって処理すればよいことであって、右の所有者でない犯人に追徴を科したことを違法として、従来の判例を変更する必要はないと私は考える。

ことに、本件におけるように会社とその代表取締役とが起訴されている事案においては、両者の関係は共犯以上に密接であり、実際問題としても、会社に対し追徴が執行されてしまえば、代表者個人には実害は及ばないで解決することになるであろうし(昭和三〇年(あ)第三一七九号、同三一年八月三〇日第一小法廷決定、集一〇巻八号一二八三頁)、またもし、会社に十分な財産なくして執行の目的が達せられないような場合には、その業務執行につき全責任を有する代表者が責任を負わされても、あながち不当な結果であるともいえないであろう。

裁判官入江俊郎、同石坂修一は、右斎藤裁判官の補足意見に同調する。

裁判官奥野健一の少数意見は次のとおりである。

職権により調査するに、原判決の支持する第一審判決は関税法一一八条二項により本件犯罪貨物の所有者であった被告人ローヤル自動車株式会社に対する追徴と併せて犯罪貨物の所有者でない被告人阿部実に対しても追徴の言渡をしていることは記録上明白である。

関税法一一八条二項は、犯罪貨物等を没収することができない場合又は没収しない場合に、犯罪貨物等の価格に相当する金額を「犯人」から追徴する旨を規定し、恰も右犯人について何らの制限を設けていないように見える。

しかし、元来追徴は犯罪貨物等が没収できない場合又は没収しない場合に、その没収に代わる換刑処分であるから、没収の対象である物件の所有者でなかった者に対して、その物件の価額の追徴を命ずることは追徴制度の本質の限界を超えるものといわなければならない。けだし、犯罪貨物等の没収は、その所有者でない被告人に対しては、せいぜいその物件に対する占有権の剥奪に過ぎず、その物件は第三者の所有であるから、所有者でない被告人にとっては殆ど財産的苦痛を与えられるものでないのに、没収不能の故を以って、その物件の価格に相当する金額を追徴として科することになれば、没収不能という偶然の事情のために、突如としてその物件の価額相当の財産的負担を命ぜられる結果となり、没収可能なときに比し、著しい不利益を科せられることになる。(法は犯罪が行われた時の犯罪貨物等の価格に相当する金額の追徴を命じているのであって、占有利益に相当する金額の追徴を命ずる制度は認めていないのである。)法はかかる不合理な規定を設けているものとは解し得ないから、関税法一一八条二項の犯人とは、若し本条一項各号等の事由がなく、その物件の没収が可能であったとした場合に、その没収の言渡によって、所有権を剥奪されるべきであった「犯人」に限って追徴を科する趣旨であると解するのが相当である。

また、関税法上の追徴は密輸等の犯罪の取締を厳に励行し、その犯罪禁圧を期するため主刑に更に附加された懲罰的性質を有する制裁であるから、没収の対象である物件の所有者でなかった総ての共犯者に対しても、追徴を科する趣旨であるという論があるが、それなれば、何故没収可能の場合には所有者でない犯人に対してかかる懲罰的制裁を科さないでおいて、没収不能になった場合に限り、初めて追徴という懲罰的制裁を科するのか理解し難いところである。また、例えば関税法一一二条の犯罪貨物が甲より乙に譲渡され、乙に対し没収の言渡があった場合、法一一八条二項により甲に対して没収に代わる追徴を言い渡すことは許されないものと解すべきところ、最後の所有者たる乙について没収ができない事由があって、没収の言渡を追徴の言渡に代えたからといって、新たに甲に対して関税法の追徴の言渡を追加するということは合理性あるものとはいえない。

また、追徴は多数の犯則者ある場合に、犯則者中のある者がその全部又は一部を納付したときは、納付済の部分に付ては、更に追徴を為すことを得ない旨の判例(明治四五年(れ)第二三六号、同年四月九日大審院判決)、犯則者中ある者が関税法一三八条により通告処分の履行として追徴金に相当する金額を納付した場合には、他の犯則者に対して更に追徴を命ずることは許されないとの判例(昭和三七年六月一九日第三小法廷判決、昭和三七年一一月二九日第二小法廷決定)、また、起訴された共犯者の一人又は数人が、その物の所有者であることが明らかである場合には必ずしも右共犯者全員のそれぞれに対し、各独立して全額の追徴を命じなければならぬものと解すべきではなく、その物の所有者たる被告人のみに対して追徴を命ずることも、追徴の本旨に照し違法でない旨の判例(昭和三三年三月五日大法廷判決)によっても、必ずしも追徴を各共犯者に対する各独立の懲罰的制裁であるとの理論を採っていないものと解すべきである。けだし、追徴が各共犯者に対する各独立の懲罰的制裁であるとするならば、共犯者の一人が追徴金額を納付したからといって、他の共犯者に対して追徴を命じないでもよいとか若しくは納付を免除するとか又は所有者である被告人のみに対して追徴を命じてもよいとかということは、各共犯者に対する独立的懲罰的制裁であるとの趣旨とは矛盾するものであるからである。しかし、だからといって、各共犯者から犯罪貨物等の価額の全額をそれぞれ追徴することは、没収の場合に比し、国家が犯罪貨物等の価額以上の二重の利益を得ることになり、何れにしても不合理であると言わなければならない。

若し、関税法一一八条二項の犯人とは共犯者全員を含むものと解するときは、貨物密輸の犯罪の用に供した船舶の所有者たる共犯者(従犯者)が、その船舶を善意の第三者に譲渡した結果、同条一項二号により、これを没収し得なくなった場合には、船舶の所有に全然関係のない貨物の密輸をした犯人からも、船舶の価額に相当する莫大な金額を追徴することになり、かくては没収可能な場合に比し著しく不均衡となるのである。

以上の理由により、犯罪貨物の所有者でない被告人阿部実に対して追徴を命じた第一審判決およびこれを支持する原判決はこの点につき破棄を免れない。

裁判官河村大助は、右奥野裁判官の少数意見に同調する。

追徴の点に関する裁判官山田作之助の少数意見は次のとおりである。

わたくしは、関税法一一八条所定のいわゆる犯罪貨物の没収に代わる追徴は、被告人がその貨物につき、所有権を有した場合に限って科せらるべきものと解するから(その理由は、昭和二九年(あ)第五六六号、同三七年一二月一二日言渡大法廷判決において旧関税法八三条の追徴の規定につき述べたわたくしの意見と同趣旨であるからこれを引用する。)、相被告人ローヤル自動車株式会社の所有であった貨物につき、被告人阿部に対して没収に代わる追徴を言い渡した第一審判決を是認した原判決は右部分に限り違法であって破棄を免れない。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田 克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 斎藤朔郎 裁判官 草鹿浅之介)

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